プレアビヒア遺跡をめぐる動き
プレアビヒア遺跡は国際司法裁判所の判決でカンボジア領であることが確定、世界遺産への登録申請に際してもタイ政府は支持する決定をしていた。しかし世界遺産への登録申請をきっかけにタイ国内ではプレアビヒアを「自国領」とする議論が再燃、タイ政府は登録支持を凍結した。カンボジアによる世界遺産登録を議会の承認抜きで同意したタイのノパドン外相は、その責任を取って辞任したが、この背景には国外追放されたタクシン元首相をめぐるタイ国内の政争があるとみられている。
カンボジア政府はユネスコに対し、プレアビヒア遺跡を世界遺産として単独申請、ユネスコの世界遺産委員会は2008年7月7日、登録を決定したが、その直後の7月15日、遺跡内に入ったタイ人僧侶らがカンボジア側に拘束されたことをきっかけにタイ軍が国境地帯に兵士を派遣、遺跡付近で両国軍が対峙。一時はタイ軍兵士が国境を越えてカンボジア領内に侵入する事態となり、カンボジア政府は「タイ軍による主権侵害」を批判、両国関係は緊迫化し、カンボジア政府は国際法に則った解決を求めて国連安全保障理事会に緊急会合の招集を求める書簡を送った。
その後も両国軍の対峙は続き、散発的に銃撃戦が行われており、死傷者も出ているとされる。カンボジア政府は10月25日、「タイ軍の砲撃で神の像と階段の一部が損傷した」とする抗議声明を発表したが、タイ側はこれを否定している。カンボジア政府はこの事態を受けて、武力紛争の際に文化財を攻撃対象とすることを禁じた1954年の「武力紛争の際の文化財保護条約」(ハーグ条約)に基づき、プレアビヒア遺跡に世界遺産として保護されるべきことを明示した掲示板を設置すること決めた。